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ガラス越しに冷たく明滅する生体モニターの数値と、培養液に漂う白濁した視界。
それが、かつて『僕』という男が三十数年の人生の終わりに焼き付けた最後の光景だったはずだ。
不可逆な臓器不全。
尽きかけた生命を繋ぎ止めるための最終手段として提示されたのは、最先端の遺伝子工学とニューラルデータ転送技術——平たく言えば、新しく生成された義体への意識の引越しだった。
だが、再起動のシークエンスを経て目覚めた僕を待っていたのは、かつての枯れた男性体ではなく、あまりにも理不尽で、あまりにも完璧な「新しい肉体」だった。
「……はぁ」
唇を突いて出た自分の声の低さに、あるいは高さに、未だに脳の聴覚野が馴染んでくれない。
吐き出された息は、秋の澄んだ空気に白く溶けて消えていく。
僕は、公園の中央にある色鮮やかなパンジーが咲き誇る花壇の、冷たいレンガの縁に腰を下ろした。
膝をきれいに揃えて座る。それだけの動作すら、この身体の重心の位置や関節の可動域の違いに戸惑い、どことなくぎこちなくなってしまう。
裾がふわりと広がる涼しげな水色のワンピースから伸びる自分の脚に視線を落とすと、そこには余計な脂肪も無駄な凹凸もなく、モデルのようにしなやかでまっすぐな線が描かれていた。
風が吹き抜けるたび、肩から胸元へと垂れる暗い茶色の髪がサラサラと揺れる。
長さは鎖骨を少し越えたセミロング。
指先で掬い上げてみると、人工的に調整された遺伝子の仕業なのか、それとも丁寧なトリートメントの賜物なのか、嫌になるほど絹のような手触りがした。
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少しだけ視線を下げれば、薄手の生地越しでも主張を崩さない胸の膨らみが目に入る。
前屈みになるたびに感じる独特の重量感と、背筋を伸ばしたときに胸元が引っ張られるような締め付け感。
内分泌系が整えられたこの身体は、僕が思考するよりも早く「女性としての生理現象」や感覚を脳へダイレクトに送り込んでくる。
(なんなんだよ、これ)
心の中で悪態をついてみるものの、喉から漏れるのは鈴を転がすような繊細な吐息だけだ。
肉体再構築のオーダー時、適合率と脳のシナプス定着率を優先した結果、提示された最適なゲノムベースは「女性型」だった。
生き残るための背に腹は代えられない選択だったとはいえ、鏡を見るたびに映る「スタイル抜群の美女」が自分自身だという現実に、精神のアップデートがまったく追いついていない。
すれ違う散歩中の男性や、ベンチで休憩していたサラリーマンの視線が、時折吸い寄せられるように僕へと向けられるのがわかる。
かつての僕なら見向きもしなかったような「美女に向けられる視線」の重みと粘り気が、肌の表面をじりじりと撫でていく。
その視線を受けるたびに、ゾクリとした寒気とともに、どこか甘い痒みのような違和感が背筋を駆け抜ける。
花壇に咲く花を指先でそっと撫でながら、僕は自問自答を繰り返す。
この胸の内に渦巻く葛藤も、困惑も、かつての「僕」の記憶そのものだ。
けれど、この心臓が刻む鼓動のテンポも、指先の温度も、息を吸い込んだときの肺の広がりも、すべてはこの美しく可憐な「彼女」のものなのだ。
脳のニューラルデータが新しい肉体のホルモンバランスに侵食されていくまで、あとどれくらいの時間がかかるのだろう。
公園の池に反射する午後の光を目を細めて見つめながら、僕は水色のワンピースの裾をキュッと握り締め、自分のものではないはずの綺麗な声で、もう一度静かに溜め息をついた。