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魔法には、必ず代償が伴う。
そんなおとぎ話の残酷なルールを、俺は今、身をもって噛み締めていた。
空を覆っていた禍々しい暗雲が嘘のように晴れ渡り、放課後の屋上には、世界を救った祝福のように燃えるような夕焼けが広がっている。
頬を撫でる風はどこか優しく、肩まで伸びた桜色の髪をふわりと揺らした。
「終わった……のね。私たちの、長くて短い戦争が」
隣で安堵の息を吐き出したのは、共に死線を潜り抜けてきた相棒のセリカだった。
黒髪を夕風になびかせ、傷だらけの制服姿で微笑む彼女は、この世界に存在するどんなものより美しい。
俺は、彼女を守りたかった。
ただその一心で、あの日、謎の妖精から差し出された『魔法のステッキ』を握ったのだ。
『世界を救う力と引き換えに、君の【本来の器】を少しずつ奪うことになるけれど、いいかい?』
あの時の警告が、今になって脳裏に蘇る。
戦いが終わり、変身を解くための呪文を何度心の中で唱えても、俺の体は一向に元の姿に戻ろうとしない。
ゴツゴツしていたはずの骨格は華奢なラインを描き、低かった声帯は高く甘い音しか紡げない。
制服のブラウス越しに感じる胸の膨らみも、白く細い指先も、もはや魔法による一時的な「仮装」ではなく、俺の「現実」として完全に定着してしまっていた。
魔法の源だったステッキは、先ほどの最後の一撃と共に砂となって消え去った。
つまり、俺はもう、二度と「男子高校生・リュウ」には戻れない。
「ねえ、あなた」
不意に、セリカが透き通るような黒い瞳でこちらを見つめてきた。
「ずっと一緒に戦ってくれたけれど、結局、あなたの本当の名前すら聞いていなかったわね。教えてくれない?命の恩人で、私の、最高のお友達の名前を」
その真っ直ぐな視線に、俺の胸がギュッと締め付けられる。
彼女は知らないのだ。
隣の席でいつも居眠りをして、ノートを写させてもらっていた平凡なクラスメイトの男子が、このピンク髪の魔法少女の正体であるということを。
言えば、彼女はどう思うだろうか。気味悪がるだろうか。
けれど、すべての魔法が消え去った今、俺に残されたのは、この真実の体と、彼女への想いだけだった。
「……セリカ」
震える唇から零れ落ちたのは、自分でも驚くほどか細く、女の子らしい声だった。
「え……?」
「俺だよ。……いや、私、だね」
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戸惑うセリカに一歩近づき、俺は夕陽を背に受けて、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「リュウだ。いつも隣の席で、君のノートをアテにしてた……あの、リュウだよ」
セリカの息が止まるのがわかった。
見開かれた瞳が、俺の桜色の髪から、小柄な背丈、そして泣き出しそうな顔へとせわしなく動く。
「リュウ、くん? 嘘、だって……どうして」
「魔法の代償だよ。君と一緒に戦うためには、力が必要だった。その力を引き出すたびに、俺の体は少しずつ、男としての自分を失っていったんだ。そして今日、すべての力を使い果たして……もう、戻れなくなっちゃった」
そこまで言うと、我慢していた涙がボロボロと溢れ出した。
後悔はない。
世界は救えたし、何より大好きな彼女は今、こうして生きて目の前に立っているのだから。けれど、もう二度と、普通の男として彼女の隣を歩くことはできない。
その絶望が、冷たい刃のように胸を抉った。
「ごめん、なさい。気持ち悪いよね、こんな……っ」
顔を覆おうとした、その時だった。
――ふわりと、甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐった。気がつけば、俺の小さな体は、セリカの細い腕の中に強く、強く抱きしめられていた。
「馬鹿っ、大馬鹿よ、リュウくん!」
彼女の震える声が耳元に響く。俺の肩口に落ちた彼女の涙が、制服を温かく濡らしていく。
「私のために、そんな、自分の、すべてを捨てるなんてっ!」
「セリカ……」
「気持ち悪いはずないじゃない。あなたが男の子でも、女の子でも、私を助けてくれたのは……私をずっと見ていてくれたのは、リュウなんでしょう?」
セリカはゆっくりと体を離すと、濡れた瞳のまま、俺の頬にそっと手を添えた。
夕陽に照らされた彼女の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
「女の子になっちゃったなら、仕方ないわね」
セリカは、まるで自分に言い聞かせるように、あるいは運命を受け入れるように、柔らかく微笑んだ。
「これからは、私の『特別な女の子』として、一生責任取らせるから」
重なる唇。
それは、男として叶えたかった初恋の終わりであり、一人の女の子として彼女と共に歩む、新しい人生の幕開けだった。
夕陽が沈みゆく屋上で、俺たちはただ静かに、二人の世界が溶け合うような永遠のキスを交わし続けた。