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「ねえ、凛。ちょっとこっち向いて」
部室のソファーで文庫本を開いていた黒髪の少女——凛は、となりに座る茶髪の少女——葵(あおい)の唐突な呼びかけに顔を上げた。
「ん? なに、葵——っ!?」
言葉の終わりは、情けない悲鳴へと変わった。
葵の手が、あろうことか凛の制服の胸元に迷いなく伸び、容赦なくその柔らかさを揉みしだいてきたからだ。
「な、ななな何やってんの葵っ!? ちょ、離っ!」
「んー? どうしたの凛、そんなに赤くなって。女子同士のスキンシップなんだから、これくらい普通でしょ?」
葵は可憐な笑顔を浮かべながら、指先に少しだけ力を込める。
その瞳の奥には、獲物を追い詰める肉食獣のような鋭い光が宿っていた。
(間違いない。この『予期せぬ身体接触を受けた時の、息を呑んで硬直するリアクション』! こいつ、俺の高校時代の悪友・大輝(たいき)にそっくりだ)
葵——元・男子高校生の佐藤葵は、心の中でニヤリと笑った。
ある日突然目覚めたら美少女になっていた葵は、周囲にバレないよう「おしとやかな女子」を必死に演じてきた。
しかし、偶然同じ部活に入ってきた凛の挙動には、どうしても元・男特有の妙な不器用さが透けて見えていたのだ。
(もし本当に大輝なら、男時代の癖を突けば絶対にボロを出すはず!)
一方、揉まれ放題になっている凛——元・男子高校生の大輝は、頭の中で警報を鳴らし続けていた。
(嘘だろ!? 今の女子高生って挨拶代わりに胸揉み合うのがフツーなのか!? 勘弁してくれ、男時代の感覚が残ってるから脳がバグりそうだ! でもここで過剰に拒絶したら『男っぽい』って怪しまれて、TSしたのがバレるんじゃ!?)
凛は必死に顔を真っ赤にしながら、歯を食いしばって耐えることを選んだ。
「ふ、普通……なのかな? でも、ちょっと力加減が……あぅ」
「あれ? 嫌ならハッキリ言っていいんだよ? それとも、男の人に触られてるみたいで嫌だった?」
「ち、違う! 葵はかわいい女の子だから嫌じゃないけど……ただ、その、慣れてなくてっ」
潤んだ瞳で必死に耐える凛の反応に、葵の心臓が跳ね上がった。
(〜〜〜っ!? なんだこの破壊力は!? 中身が大輝だとしたら激重の地獄絵図だけど、見た目が完璧な黒髪美少女だからダメージがヤバい!)
「じゃあ、もっと慣れさせてあげるね」
「待って! それ以上は本当に……っあ」
試すはずだったスキンシップは、次第にお互いの甘い吐息と赤面が交差する、逃げ場のない密室の攻防戦へと変貌していく。
相手のボロを出させようと過激に攻める葵と、女子のルール(?)に従おうと健気に耐える凛。
互いに元男だという決定的な秘密を抱えたまま、二人の「自称・普通の女子トーク」はどこまでもすれ違い、甘く焦れったい時間を刻んでいくのだった。
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「くっ、葵……もう勘弁して……っ!」
凛は両手で顔を覆い、ソファーの上で小さく丸まった。
耳の先端まで真っ赤に染まり、息を荒げている様子は、どこからどう見ても可憐な乙女そのものだ。
(おかしい……おかしいぞ!?)
試す側だった葵のほうが、なぜか冷や汗をかいていた。
(大輝の奴なら『おいやめろ変態!』とか『胸なんか揉んでんじゃねー!』とか、もっと男っぽい口調で暴れるはずだろ!? なんでこんな『初めてのスキンシップに戸惑うウブな美少女』みたいなリアクション完璧にこなしてんだよ!?)
葵の心臓が早鐘を打つ。
仕掛けたのは自分なのに、予想以上の破壊力に脳のキャパシティが限界を迎えかけていた。
「ふぅん。凛ってば、本当にウブなんだから」
葵は必死にポーカーフェイスを決め込み、ゆっくりと手を離した。
だが、凛の反応があまりにもリアルだったため、自分の見立てが間違っていたのではないかという不吉な疑念が頭をよぎる。
(待てよ? もしこいつが本当にただの『生まれつきの女子』だったらどうする? 俺は今、純粋無垢な女子高生に対して、挨拶代わりにガチのセクハラをかましただけの変態女子ってことになるんじゃ!?)
背筋にすーっと冷たいものが走る。
「ご、ごめんね? 凛が可愛かったから、つい意地悪したくなっちゃって……」
「ううん……大丈夫。葵が私を友達として親しく思ってくれてるのは……分かったから……」
凛はウルウルと涙目になりながら、乱れた制服の胸元をぎこちなく整える。
(危ねぇぇぇぇ!! 死ぬかと思った!!)
凛の心の中は大惨事だった。
(『女子同士のスキンシップだから』って言われて必死に耐えたけど、あんなの絶対嘘だろ!? 葵のやつ、手つきが妙に手慣れてたぞ……!? 待てよ、あいつ、男だった頃の俺がよく言ってた『女子同士の過激なスキンシップ最高』みたいな妄想をそのまま実行してないか……?)
凛の中で、ひとつの強烈な疑念が確信へと変わりつつあった。
(間違いない……葵のこの、妙に距離感がバグってる感じと、女の子の扱い方が『男目線の理想』っぽい感じ……。葵の奴も、俺と同じで何らかの理由で性転換した元男なんじゃないか……!?)
胸の動悸を抑えながら、凛はチラリと葵の顔を盗み見た。
葵はすました顔で文庫本に目を落としているが、その耳の裏がうっすらと赤くなっているのを凛は見逃さなかった。
(フッ、ボロを出したのはそっちだぜ、葵。俺を試そうとしたのか知らんが、今度はこっちから仕掛けさせてもらう)
凛はそっと息を整えると、潤んだ瞳のまま、葵の肩にふわりと頭を預けた。
「ひゃいっ!?」
不意打ちの密着に、葵が変な声を上げて跳ね起きそうになる。
「……葵。さっきのお返し。もっと、仲良くなりたいな……なんて」
上目遣いで甘い声を出しながら、凛は葵の太ももの上にそっと自分の手を重ねた。
男時代に培った「男がされたら一番グラッとくるシチュエーション」を全力で再現してみせたのだ。
(どうだ葵! 男ならこの距離感と太もも攻撃には耐えられまい! 正体を現せ!)
「っっっ〜〜〜〜〜〜!!?」
葵の脳内で何かがプチッと弾けた。
頭頂部から湯気が出そうなほど真っ赤になり、凛の甘い匂いと柔らかい体温に包まれて息が止まる。
(大輝の奴……まさか無自覚でやってんのか!? それとも、俺が男だと気づいていて弄んでるのか!? どっちにしろ……可愛すぎて理性が飛ぶだろこんなの!!)
隠し通したい「TSの秘密」と、お互いの男時代の知識を悪用(?)した過激な牽制戦。
二人の「普通の女子」としての日常は、ますます甘くスリリングな泥沼へとハマっていくのだった。
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(これ、マジで大輝なのか!? いや、男だった頃のあいつがこんな完璧な上目遣いなんてマスターしてるわけ)
葵の思考回路は完全にショート寸前だった。
膝の上に重ねられた凛の細い手のひらから、伝わってくる熱い体温。
男目線の「されて一番嬉しいシチュエーション」を熟知しているような隙のない攻め。だからこそ、疑念は深まるばかりだ。
(くっそ! もし本当に大輝なら、元男のくせに俺を萌え死にさせようとしてやがる! だがな、こっちだって元・男だ。女の子に甘えられて引き下がるわけにはいかねぇんだよ!)
葵は震える息を吐き出すと、腹を括った。
引きつりそうな表情を必死で抑え込み、意地悪く微笑んでみせる。
「ふふ、凛ってばホントに甘えん坊さんなんだから。……じゃあ、もっと密着しよっか」
「へっ?」
次の瞬間、葵は凛の腰に両手を回すと、逃がさないと言わんばかりにぎゅっと力強く抱き寄せた。
凛の小さな鼻先と、葵の唇が触れ合いそうなほどの超至近距離。
(うおわあああああ近近近近い!?!?)
凛の脳内で警報が鳴り響く。
自分が仕掛けたトラップだったはずなのに、葵の容赦ないカウンターによって一瞬で形勢逆転されてしまった。
葵から漂う甘いシャンプーの香りと、服越しに感じる柔らかい体温。
(待て待て待て! 葵のやつ、腰の引き寄せ方が手慣れすぎだろ!? こんなの完全に男が女子を抱き寄せる時の手つきじゃないか! やっぱりお前、元男だろ!?)
凛は顔から湯気が出そうなほど真っ赤になりながら、必死に「可愛い女子」のフリを維持しようと必死に耐えた。
だが、耳元で葵の吐息混じりの声が響いた瞬間、ついにキャパシティを突破する。
「凛……耳、すっごく赤くなってるよ? ……可愛い」
「〜〜〜〜〜っっ!!」
(だめだ!! これ以上耐えたら俺の理性が死ぬ!! 女子同士のコミュニケーションの範囲を完全に超えてるだろ!!)
限界を迎えた凛が「あ、葵、ちょっと待っ——」と男口調混じりの悲鳴を上げかけた、その時。
ガラガラッ!
「失礼しまーす! 生徒会の書類持って……って、えっ」
部室のドアが勢いよく開いた。
後輩の部員が目撃したのは、ソファーの上でぴったりと抱き合い、顔を真っ赤にして見つめ合う美少女二人の姿。
「あ……ご、ごめんなさいお邪魔しましたっ!!」
バタン! と音を立ててドアが閉まる。
静寂が戻った部室で、二人は弾かれたように体を離した。
「「………………」」
荒い息を整えながら、凛と葵は互いに明後日の方向を向く。
正体を暴くつもりが、自爆覚悟の泥沼戦に終わったのだ。
(あぶねぇぇぇ! あと一歩で『やめろ大輝!』って叫ぶところだった……!)
(危なかった! あと数秒で『頼むからやめてくれ大輝!』って泣きつくところだった……)
お互いに「相手は絶対に元男だ」という確信を強めつつも、決定的な一線を越えられない二人。
二人の「普通の女子」としての日常は、より一層こじれた甘い泥沼へと突き進んでいくのだった。
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「……とにかく、落ち着こう」
赤顔のまま咳払いを一つし、凛はカバンから冷たいペットボトルを取り出した。
しかし、キャップが固くて開かない——ふりをした。
(ここは女子らしく『開けて?』と頼んで、力仕事に対する葵の反応を見る!)
「あ、葵……これ、開けてもらえる……?」
うるうるとした上目遣いで差し出されたペットボトル。
葵の目が怪しく光った。
(フッ、甘いぜ凛! 普通の女子なら苦戦するキャップだが、俺は男時代に鍛えた握力がある!いや待て、力強く一発で開けたら『女子にしてはパワーがおかしい』って疑われるか!?)
葵は一瞬躊躇したが、格好悪いところは見せられないと、「任せて」とペットボトルを受け取った。
「ふんっ……! ほら、開いたよ」
あっさりキャップを開けて手渡す葵。
だが、その拍子に葵の袖口が少しめくれ、手首の筋肉が微かに収縮するのが見えた。
(今、完全に男の体の使い方で力を込めたぞ! 握力絶対30kg以上あるだろ!)
凛が心の中でニヤリとした直後、葵が追い打ちをかけてきた。
「凛ってば、本当に力がないんだね。……あ、お茶、口元についてる」
葵は凛の唇に触れるか触れないかの距離で、親指で優しく拭うと、その指を躊躇なく自分の口元へ運び、ペロリと舐めた。
「ん、美味しい」
「〜〜〜〜〜っっ!?」
(間接キス!? しかも指舐め!? 男時代に読んだ漫画の知識をフル活用して攻めてきてやがる!!)
「……葵、それ……女子同士でも、やりすぎ……っ」
「え? 友情の証だよ? それとも……男の子と間違えてドキドキしちゃった?」
耳元で囁く葵のニヤリ顔。お互いに「元男」と確信しながらも、繰り出される過激で甘すぎる攻撃に互いの理性が削られていく。
(この悪魔め……絶対にボロを出させてやる)
(かかってこいよ。先に耐えかねて正体をバラすのはお前だ!)
二人だけの部室は、夕暮れの涼しい風が吹いているというのに、どこまでも熱く焦れったい空気に包まれていた。
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ピンポンパンポーン。
校内に、夕方の訪れを告げる下校チャイムとアナウンスが響き渡った。
『生徒の皆さんに連絡します。下校時刻の17時になりました。完全下校の時間ですので、まだ校内に残っている生徒は速やかに下校してください——』
スピーカーから流れる無機質な放送が、どこか重苦しく熱を孕んでいた部室の空気をふっと切った。
「……あ。もうそんな時間」
葵は気まずそうに髪を耳にかけながら、チラリと壁掛け時計を見上げた。
(あぶねぇぇぇ! 完全に凛を追い詰めることに夢中になって時間忘れてた。 このまま二人きりで部室にいたら、俺の理性が先に吹っ飛んで『大輝ぃぃぃ!』って叫んでるところだったぞ!)
一方の凛も、心の中で深く安堵の溜息をついた。
(助かった! チャイムが鳴らなかったら、葵の謎の攻め手に耐えきれずに陥落するところだった……。 なんだよ指舐めって! 男時代のアイツ、どんだけエロゲーの知識溜め込んでたんだよ!?)
凛は乱れた制服の襟元を直し、立ち上がりながら葵へ声をかけた。
「放送、鳴っちゃったね。……この後、葵はどうするの? まっすぐ帰る?」
「え? んー……せっかくの金曜だし、ちょっと寄り道しない? 凛さえよかったらだけど……」
葵は上目遣いで凛を見つめる。
(ここで帰ったら不自然だしな。放課後デート……じゃなくて、友達同士の寄り道に誘って、もっと相手の観察を続けるか)
「寄り道? うん、いいよ。どこ行く?」
「うーん、そうだなぁ……」
葵は人差し指をあごに当てて考え込む振りをしながら、ふと思いついたように手をポンと叩いた。
「カラオケとかどう? 最近の女子高生って、放課後といえばカラオケでしょ!」
「カラオケ! いいね、行こっ……」
凛は食い気味に賛成しかけたが、その瞬間、脳内で激しいアラートが鳴り響いた。
(……待て。カラオケ? カラオケだと!?)
凛の顔からスーッと血の気が引いていく。
(やばいやばいやばい! 今の俺の声、完全に女の子の声だぞ!? 女性ボーカルの曲なんて、男時代にアニソンか特撮の主題歌くらいしか歌ったことねぇよ! 最近の流行りのJ-POPとか可愛いボカロ曲なんて、キー以前に曲自体を知らねぇ!!)
凛の動揺を余所に、葵の脳内でも全く同じパニックが巻き起こっていた。
(あ、アホか俺はーーーっ!!? カラオケなんて誘ってどうするんだ!? 俺が歌える曲なんて、男時代の熱血ロボットアニメの曲か、ゴツいロックバンドの曲しかねぇぞ!? 女子の高音で『鋼の魂ー!』とか叫べるわけねぇだろ!! 女子のカラオケの十八番なんて一曲も知らん!!)
二人の間に、急激に凍りつくような沈黙が流れた。
「あ、あのさ! 葵!」
「ね、ねえ凛!」
同時に声を上げた二人は、互いに顔を見合わせてビクッと体を揺らす。
「凛からどうぞ! 何!?」
「いや、その……カラオケもいいかなって思ったんだけど……よく考えたら今日、ちょっと喉の調子が微妙かもなって……! あはは、ごめんね?」
凛は喉を擦りながら、必死に引きつった笑顔を作った。
(ふぅぅぅ……! 危ねぇ! 間一髪で回避したぞ! もし歌わされたら『アニメの曲しか知りません』ってバレて一発アウトだった……!)
「あ、そうなの!? 喉は大事にしなきゃダメだよ! うん、カラオケはまた今度にしよう!」
葵は心の底からの安堵を隠しきれず、猛烈な勢いで頷いた。
(神様ありがとう!!! 凛の喉が不調で本当に助かった! これで『ガオガイガー』歌わずに済んだ……)
「じゃあ……カラオケ以外なら、どこ行く?」
凛が尋ねると、葵は今度こそ安全な案を提案すべく、知恵を絞った。
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「うーん……じゃあさ、近くのショッピングモールに行かない? 服とか雑貨とか見たいし、プリクラとか撮ったりして!」
(ショッピングモールなら歌う必要もないし、女子っぽい買い物をしてれば『普通の女子』として完璧なムーブができる! 完璧な作戦だ!)
「ショッピングモール! いいね、そうしよう!」
凛も即座に乗っかった。
(よし! 買い物なら食べ歩きでもしながら葵の行動をチェックできるし、ボロを出すチャンスも増えるはずだ!)
「じゃあ決まり! 荷物まとめて行こっか!」
「うん!」
二人はカバンを肩にかけ、校舎を後にした。
互いに「女性向けの曲を一切知らない」という共通の弱みを隠し通した安心感と、これから始まるショッピングモールでの新たな探り合いへの緊張感を胸に秘めながら。