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完璧なる潜入(の、はずだった)
「……よし、これで完璧だ」
薄暗いホテルの客室で、俺、城ヶ崎(じょうがさき)タケルは鏡に向かって呟いた。
鏡の向こうには、どこからどう見ても完璧な「美少女」が立っていた。
艶やかな黒髪のショートボブ、意志の強そうな紫色の瞳。
そして、眩しいほどに露出の高い、黒と白のパテント素材のレースクイーン衣装。
俺はフリーランスの潜入ライターだ。
今回のターゲットは、連勝街道を突き進む謎のレーシングチーム「チーム・ファントム」。
彼らの無敗の裏には、新型エンジンの違法改造疑惑がある。
その証拠を掴むため、俺は特殊なルートで手に入れた「精密生体皮スーツ」を身にまとった。
これは単なるコスプレじゃない。
皮膚の質感、体温、匂いに至るまで、本物の人間……それも絶世の美女を再現した、数千万円クラスのシロモノだ。
ファスナーを上げ、自身の肉体と「同化」させた瞬間、俺の身長は縮み、骨格は華奢になり、胸元にはとんでもない重量感が生まれた。
「声帯模写も問題なし。これなら誰も俺が男だなんて気づかない」
女の声を出すのは少し気恥ずかしいが、背に腹は代えられない。
俺は潜入用の偽名、「レイカ」として、チーム・ファントムの新人レースクイーンの面接を突破し、今日が初仕事、つまり潜入決行の日なのだ。
作戦は単純だ。
レース前の慌ただしいピットに紛れ込み、マネージャーが目を離した隙に、ピット裏にあるデータサーバーにアクセスし、エンジンの設計データを盗み出す。
「待ってろよ、不正の証拠。俺が暴いてやる」
俺は「レイカ」としての自信に満ちた笑みを浮かべ、ホテルの部屋を後にした。
サーキットに到着した瞬間、俺は自分の甘さを痛感した。
「おはよう、レイカちゃん! 今日も一段と決まってるね!」
「新人さんか、よろしくな! 終わったら飯でもどう?」
ピットに向かう途中、すれ違うスタッフ、他のチームのメカニック、果ては警備員に至るまで、ありとあらゆる男たちの視線が、俺……いや、「レイカ」に集中した。
その視線は、尊敬や歓迎などではない。
あからさまな「性的な好奇心」だ。
(な、なんだ、この視線は! まるで舐めるような)
城ヶ崎タケルとして生きてきた人生で、こんな視線を浴びたことは一度もない。
そして、さらに俺を苦しめたのは、この「精密皮スーツ」の性能だった。
「……重い」
一歩踏み出すたびに、胸元の黒いブラトップに収められた、男の人生では経験したことのない「重量」が、ずっしりと、しかし柔らかく揺れる。
その感覚が、スーツの薄い皮膚を通じて、ダイレクトに俺の脳に伝わってくるのだ。
「……寒い」
ハイレグのボトムスは、太ももの付け根まで大胆に露出している。
サーキットを吹き抜ける風が、そのむき出しの太ももを撫でるたびに、鳥肌が立つようなゾクゾクとした感覚が走る。
(くそッ、感覚がリアルすぎるんだよ、このスーツ! もっと鈍感に作れなかったのか!?)
完璧な変装のはずが、完璧すぎる身体感覚によって、俺の精神はガリガリと削られていった。
潜入調査の緊張感よりも、この「女の体」であることの羞恥心と違和感の方が、遥かに上回っていた。
「レイカー! 何ぼーっとしてるの、行くわよ!」
先輩レースクイーンの声に弾かれたように、俺はピットへと駆け出した。
その際、またしても胸が大きく揺れ、俺は思わずその重みを腕で支えそうになるのを、必死でこらえた。
まだ、作戦は始まってもいないのに、俺の心臓は、エンジンの爆音よりも激しく高鳴っていた。
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「はい、レイカちゃん! こっち向いてー! スマイル!」
バシャバシャバシャッ!
ピット前に出た瞬間、無数のフラッシュとレンズの群れが俺を襲った。
一般観客のファンサービスタイムだ。
(な、なんだこのカメラの数は!? 潜入どころじゃねえ!)
「レイカちゃん、もう少し胸寄せて!」「脚、クロスできる!?」と無遠慮な声が飛ぶ。
城ヶ崎タケルとしての男のプライドが「調子に乗るな!」と叫ぶが、ここで不自然な対応をすれば一発で怪しまれる。
(クソッ、プロに徹するんだ…俺は今、新人レースクイーンのレイカ…!)
ぎこちなく腰をひねり、言われるがままにポーズを取る。
すると、スーツの薄い皮一枚越しに、ハイレグの隙間を抜ける風と、無数の男たちの熱い視線が肌を刺すように伝わってきた。
胸を強調するポーズをとるたび、ズシリとした重みが主張し、顔がカッと熱くなる。
「うわ、レイカちゃん照れてる? 超かわいい!」
「奇跡の新人だろこれ…!」
照れ隠しの微小な表情の変化すら、カメラ小僧たちには「ウブで可憐なリアクション」として消費されていく。
(くそっ! 誰が可憐だ! 中身は男だぞ!)
心の中で毒づきながらも、フラッシュの快感と「見られている」という異常な興奮が、皮スーツの精巧な神経ネットワークを通じて脳内にじわじわと侵入してくるのを、俺は拒みきれずにいた。
「レイカ、次サイン会ね! そのあとスポンサーの撮影!」
先輩レースクイーンに腕を引っ張られ、俺はピット裏のサーバー室どころか、次から次へと組まれたスケジュールに引きずり回された。
(まずい…このままだと予選が終わってしまう…!)
焦る俺の目の前に、ついにチャンスが訪れた。チームのメインドライバーがピットに入り、スタッフの注意がすべてマシンへ向いたのだ。
「今だ…!」
俺は撮影の合間を縫い、人目がない機材置き場の陰へ滑り込んだ。
息を整え、胸元(皮スーツの内側)に仕込んでいた小型USBメモリを取り出そうとする。
「……あ?」
指先が滑る。
皮スーツの指先は驚くほど繊細だが、長すぎるネイルチップが邪魔をして、胸元の狭いポケットからうまく目的の物をつまみ出せないのだ。
「っ、取れない…! なんだこのツメ! 邪魔すぎる…!」
カリカリと胸元を掻きむしる不審な姿。胸の膨らみを揉みしだくような格好になってしまっていることに、俺は途中で気づいた。
「あら、レイカちゃん? 何してるの?」
「ヒギャッ!?」
振り返ると、チームの副代表が立っていた。
男の低音ボイスが出そうになり、慌てて「あ、あのっ…! 衣装がちょっとキツくて…っ」と可憐な高音で繕う。
「ふふ、新人さんには少し露出が高すぎたかな? でも、すごく似合ってるよ。君が入ってくれて、今日のピットは華やかだ」
副代表の視線が、俺の露わになったウエストから胸元へと滑る。
その親しげな手に、肩をポンと叩かれた瞬間——
(ひッ!)
男の手の温もりと圧迫感がスーツ越しにリアルに伝わり、俺の背筋にゾクゾクっとした怪しい電流が走った。
男に触られて、身体が、いや「皮」が反応してしまっている。
「さあ、後半戦も頼むよ、看板娘さん」
「は、はいぃ……ッ」
声が上ずり、完全に女の顔になってしまっている自分に気づき、俺は絶望した。
不正の証拠どころではない。
このままだと俺は、潜入調査を完遂する前に——完璧すぎる「女の身体」と「レースクイーンとしての快感」に完全に敗北してしまう。
サーキットに爆音が響く中、城ヶ崎タケルの最大の危機が続いていた。
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副代表が去り、一人取り残された機材の陰で、俺はガクガクと震える膝を必死に抑えていた。
(やばいやばいやばい! 今の、完全に『女の反応』だったろ!?)
触れられた肩の感触が、いつまでも熱を持って消えない。
男の手に触れられて背筋を跳ね上がらせるなんて、城ヶ崎タケルの人生には断じて存在しないイベントだった。
精巧すぎる皮スーツの神経伝達システムが、俺の脳に「お前は華奢で無防備な女だ」と誤認させようと牙を剥いている。
「落ち着け。俺はジャーナリストだ。こんなおっぱいとネイルの罠に屈してまるか」
自分を鼓舞するように胸をドンドンと叩く。
ドフッ、と柔らかい手応えと重厚な振動が脳を揺らし、ただただ自分がアホに見えただけだった。情けない。
だが、怪しいケガの功名か、胸元を揉みしだいていた(ように見えていた)おかげで、ネイルの扱いに少し慣れた。
慎重に指先をすべらせ、ついに目的の超小型ハッキング用USBメモリをつまみ出すことに成功する。
(よし! 予選終了まであと十分。全員がモニターに張り付いている今しかねえ!)
俺は忍び足でピット奥のサーバー室へと向かった。
重厚なドアの電子ロックに、事前に用意していた万能アクセスカードをかざす。
カチリと軽い音がして、扉が滑らかに開いた。
室内はひんやりとした冷気が満ち、怪しい緑と青のLEDが点滅していた。
部屋の中央にあるメインサーバーへ駆け寄り、メモリをポートへ突き刺す。
画面に緑色のプログレスバーが立ち上がり、高速でデータがダウンロードされ始めた。
(勝った! 違法エンジンの制御プログラムさえ手に入れば、俺の勝ちだ!)
安堵の溜息をついた、その時だった。
ガチャリ。
背後のドアが開き、部屋の明かりが点灯した。
「……誰だ、そこで何をしている」
氷のように冷たい声。振り返ると、そこに立っていたのは「チーム・ファントム」のオーナー兼トップエンジニア、鬼頭だった。
鋭い眼光が、サーバーに接続されたメモリと、俺の姿を交互に捉える。
「あ……」
声が出ない。絶体絶命。
万事休す。
脳内で男としての思考が激しく回転するが、言い訳の言葉が出てこない。
「新人レースクイーンのレイカ、だったな。なぜこんな場所にいる。そのメモリはなんだ」
鬼頭が一歩、足を進める。
圧倒的な威圧感。
男としての度胸で立ち向かおうとするのに、縮んだ身体と華奢な骨格が恐怖で勝手にすくんでしまう。膝が笑い、俺は情けなくもその場にヘタリとへたり込んでしまった。
「あ、あの……これは、その……っ」
「スパイか。……ふん、どこの馬鹿が送り込んできたか知らんが、詰みが甘いな」
鬼頭は冷酷に鼻で笑うと、胸ポケットからスマートフォンを取り出し、警備員を呼び出そうとした。
それを見たら最後、俺の人生は終わる。それどころか、この数千万円の皮スーツを引っぺがされ、正体がバレて社会的に死ぬ!
(どうする!? 殴り倒すか!? いや、この貧弱な腕じゃ返り討ちだ! じゃあ……じゃあどうする!?)
追い詰められた俺の脳内で、何かがプチリと弾けた。
男としてのプライド? 記事のスクープ? 知るか! 今はこの危機を脱するのが最優先だ!
俺は……「レイカ」になりきることを選んだ。
「ひっ……お、お願いです……おしおきしないで……っ!」
上目遣い。
潤んだ瞳。
上体を引き起こす際、あえて豊かな胸元をこれでもかと強調し、太ももをギュッと擦り合わせながら、可憐な声を絞り出した。
長年のライター経験で培った「男がキュンとくる女の仕草」のフルコースだ。
「……なに?」
鬼頭の通話ボタンを押そうとした指が、ピタリと止まった。
「私……ただ、チームの力になりたくて……っ! 先輩たちがすごすぎて、私だけ何もできなくて……だから、エンジンのデータをお勉強して、もっとチームのお役に立ちたくて……っ!」
ボロボロと(皮スーツのエミュレート機能による)涙を流しながら、俺は鬼頭の足元にしがみついた。
すがるように伸ばした手で、彼のスラックスの裾を掴む。
露骨な上目遣いで、必死に「ウブで健気なバカな子」を演じきった。
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静寂が、サーバー室を包み込む。
(頼む、騙されてくれ! 俺の男の尊厳を捨てた渾身のエロ演技、届いてくれ!)
やがて、頭上から深いため息が降ってきた。
「はぁ。まったく、最近の若い娘は加減というものを知らんのか」
鬼頭がスマホをポケットにしまった。
(勝った……!?)
「データの盗難ではなく、ただの勉強不足による暴走か。まあいい。君の熱意は買ってやろう」
鬼頭は俺の脇の下に手を入れ、ひょいと軽々と抱き上げた。
「ひゃんっ!?」と妙な情けない悲鳴が口から漏れ出る。
「だが、お仕置きなしというわけにはいかないな。勝手に重要データに触れた罰だ。今日のレースが終わったら、私の個人ガレージに来なさい。手取り足取り、エンジンの『構造』をたっぷり教えてあげるよ」
鬼頭の指先が、俺の顎をすっと持ち上げる。その目が、明らかな肉食獣のそれに変わっていた。
「は……ひいぃっ……!」
「いいお返事は?」
「は、はいぃっ……喜んでっ」
引きつった笑顔で答えるのが精一杯だった。
データダウンロード完了を示すピピッと軽い電子音が、部屋に虚しく響き渡る。
USBメモリの回収には成功した。潜入ミッションは、事実上大成功だ。
しかし、俺の心は過去最大の絶望に包まれていた。
今夜、俺は男としてのプライドどころか、本当の意味で「レイカ」として全てを奪われてしまうかもしれない。
城ヶ崎タケルの、本当の闘いはこれからだった。
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なんとかサーバー室から生還した俺だったが、息をつく暇など全く与えられなかった。
「レイカー! なに油売ってるの! ピットウォーク始まるわよ!」
先輩レースクイーンの甲高い声に背中を叩かれ、俺は再び灼熱のサーキットへと放り出された。
胸の谷間には、違法改造の決定的な証拠となるUSBメモリが収まっている。
あとはこのまま何食わぬ顔で業務をこなし、サーキットから脱出するだけだ。 そう、脱出さえすれば俺の勝ちなのだ。
鬼頭のガレージなんぞに行くものか。
だが、現実(目の前)の脅威は鬼頭だけではなかった。
バシャバシャバシャバシャッ!!
「はい、レイカちゃん目線こっちお願い!」
「いいねいいねー! そのまま腰ひねって、振り返りポーズいける!?」
「もっと胸寄せて! そう、最高!!」
ピットロードに躍り出た瞬間、俺を待ち受けていたのは、巨大な望遠レンズを装備した「カメラ小僧」たちの分厚い壁だった。
飢えた獣のような男たちの視線と、容赦なく浴びせられるフラッシュの嵐。
「はぁーい! ありがとうございまぁすっ!」
俺は引きつりそうになる頬の筋肉を総動員し、完璧な「美少女の笑顔」を顔面に張り付けた。
(くそったれ、何が「はぁーい」だ! 男の群れに向かって胸を突き出すなんて、何の罰ゲームだよ!)
心の中で血の涙を流しながらも、俺の身体はプロのレースクイーン「レイカ」として見事に躍動していた。
腰をくねらせ、指先を添え、カメラに向かってウインクを飛ばす。
そのたびに、パテント素材の黒いハイレグ衣装がキュッと食い込み、むき出しの太ももに男たちの熱視線が突き刺さる。
「レイカちゃん、ちょっとしゃがめる?」 「あ、はぁい……っ」
言われるがままにしゃがみ込むと、圧倒的な重量を持つ胸元がこぼれんばかりに揺れ、谷間の奥底までレンズで狙われる。
男としての尊厳が「ふざけるな」と叫んでいる。
「レイカちゃん、今日一番輝いてるよ!」
「奇跡のプロポーションだ……!」
(ち、ちがう……俺は城ヶ崎タケル……硬派なジャーナリストなんだ……ッ!!)
カメラ小僧たちの絶賛の声に、頬が勝手に赤く染まっていく。
俺は自分の心が「女」に侵食されていく圧倒的な恐怖と羞恥心に耐えながら、終わりの見えない撮影タイムの中で、ただひたすらに愛想笑いを振りまき続けるしかなかった。
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「はぁーっ、終わった終わった! 今日も死ぬほど暑かったねー!」
「ほんとそれ! アスファルトの照り返しでローストポークになるかと思ったわ……」
怒涛のピットウォークが終わり、俺たちは関係者用のプレハブ更衣室へと雪崩れ込んだ。
冷房がガンガンに効いた室内に入った途端、先輩レースクイーンたちは次々とため息をつきながら、パイプ椅子にどっかりと腰を下ろす。
そして、信じられない光景が始まった。
「あー、もう汗びっしょり! インナー替えよっと」
「私もー。ちょっとマキ、制汗シート取って」
「ほいよ」
ジッパーを下ろす音、布が擦れる音。
振り返ると、さっきまでカメラ小僧たちを魅了していた美女たちが、ためらいもなく衣装を脱ぎ捨てていた。
あらわになる色とりどりの下着。
汗ばんだ素肌。豊かな胸の谷間や、引き締まった腹筋が、俺の視界いっぱいに飛び込んでくる。
(う、うおおおおおッ!? な、なんだこのパラダイス!?いや、地獄は!?)
城ヶ崎タケルの脳内警報がガンガンと鳴り響く。
男の人生において、こんな無防備な美女たちの着替えを間近で拝める機会など、奇跡以外の何物でもない。
だが、今の俺は「新人レースクイーンのレイカ」だ。
ここで鼻の下を伸ばしてガン見でもしようものなら、一発で変態か同性愛者だと怪しまれ、この潜入ミッションは即座にジ・エンドとなる。
(落ち着け、俺! 視線だ、視線をどこに向ければいい!? 壁か!? 天井のシミか!?)
不自然に目を逸らすのも怪しい。
俺は必死に平常心を装い、見よう見まねで自分の衣装のファスナーに手をかけた。
「レイカちゃん、今日すっごい大人気だったねー! 新人でいきなりあの囲みの数はヤバいよ!」
「えっ? あ、あはは……先輩たちのおかげですぅ……」
背後から先輩のマキに話しかけられ、俺は裏返りそうになる声を必死にトーンに補正して返した。
振り向くわけにはいかない。
振り向けば、ハーフカップのブラジャー姿のマキが視界に入ってしまうからだ。
「謙遜しなくていいって。あのカメコたち、レイカちゃんの胸元に釘付けだったもんね。ねー、ユナ?」
「ねー。ほんと反則級のスタイル。……ちょっとレイカちゃん、その胸、本物だよね? 寄せてるだけじゃないよね?」
「ひゃんっ!?」
不意に、もう一人の先輩であるユナの手が、俺の背後からニュッと伸びてきて、豊かな胸の膨らみをワシッと揉みしだいた。
(な、ななな何すんだこの女ァーーーッ!?)
「おぉ〜、すっごい柔らかい! しかも弾力ヤバ! なに食べて育ったらこんなになるの?」
「ゆ、ユナ先輩っ……あの、恥ずかしいですぅ……ッ!」
皮スーツの精巧すぎる痛覚・触覚センサーが、ユナの指先の動きをダイレクトに脳に伝達してくる。
女同士のスキンシップとはいえ、中身が男の俺にとっては致死量の刺激だ。
顔が爆発しそうなほど熱くなる。
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「あはは、レイカちゃん真っ赤! ウブだなぁ。ほら、汗冷える前に拭いちゃいなよ。午後のスポンサー挨拶まで少し休めるから」
ユナが制汗シートの束をポンと投げてよこした。
俺は「あ、ありがとうございますぅ……」と震える声で受け取り、ついに自分の衣装の上半身をペロリと脱いだ。
黒いスポーツブラのようなインナー姿になる。
途端に、抑え込まれていた「とんでもない重量」がドフンと自己主張を始めた。
(くそっ、やっぱり重い! 肩が凝るなんてレベルじゃねえ……)
汗ばんだ谷間(皮スーツだが、本物の汗のように分泌液が出る仕様だ)をシートで拭う。
自分の手で自分の胸を拭いているだけなのに、そのあまりにもリアルな「女の柔らかさ」に、またしても男としての理性が揺さぶられる。
「そういえばレイカちゃん、さっきピット裏で鬼頭オーナーと何話してたの? なんかすごい顔近かったけど」
「ブフッ!?」
マキの突然の質問に、俺は変な声を出してむせてしまった。
「あ、いやっ! その、エンジンのこととか……チームの歴史について、少し教えていただいてて……っ!」
「へえー、感心だね。でも気をつけてよ? オーナー、ああ見えて結構女グセ悪いって噂だから。レイカちゃんみたいな可愛い子、絶対狙われるって」
「そ、そうなんですかぁ……?(知ってるよ! 今夜ガレージに呼ばれてんだよ!!)」
俺は心の中で血の涙を流しながら叫んだ。
「そうそう。こないだ辞めた子も、オーナーのお気に入りだったんだけど、なんか夜のガレージに呼び出されてから様子がおかしくなってさー」
「……え?」
ユナの言葉に、俺の背筋に冷たいものが走った。
「なんかねー、『オーナーの特別な指導が……』とか言って、顔真っ赤にして泣きながら辞めてったんだよね。レイカちゃんも、あんまり二人きりにならない方がいいよ?」
「は、はぁい……気をつけますぅ……」
(やばい、やばすぎるだろ、あのオーナー!! 俺、今夜その『特別な指導』とやらを受けに行くことになってるんですけど!?)
和やかな女子の着替えタイム。甘い香水と制汗スプレーの匂いが充満する密室で、俺は胸元のUSBメモリの存在を確かめながら、迫り来る夜の恐怖に一人震えていた。
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(やばい、やばすぎるだろ、あのオーナー!!)
更衣室の冷房がガンガンに効いているはずなのに、俺の背中からは嫌な汗が止まらなかった。
「ほらレイカちゃん、ボーッとしてないで! スポンサー挨拶行くわよ!」
「あ、はいぃっ! 今行きますぅ!」
慌てて新しいインナーと衣装を身につけ、先輩たちの後を追う。
向かった先は、サーキットのVIPラウンジだった。
高級なソファにふんぞり返っているのは、チーム・ファントムのスポンサーである恰幅の良い中年男性たちだ。
「おお、この子が噂の新人ちゃんか! 確かにこりゃあ極上だ」
「初めましてぇ、レイカですぅ。よろしくお願いしますっ」
愛想笑いを浮かべて頭を下げると、スポンサーの一人が俺の隣の席をポンポンと叩いた。
「まあまあ、そんなところに立ってないで、こっちに座りなさい」
「えっ……あ、はい」
(ちっ、ただのキャバクラじゃねえか)
心の中で悪態をつきながら腰を下ろすと、案の定、脂ぎった手が俺の太ももにヌルリと這ってきた。
「ひゃっ!?」
「おや、いい声出すねえ。肌もすべすべだ。今日は君のおかげでチームも絶好調だよ」
(さ、触んなジジイ! セクハラだぞ!)
男としての怒りが沸点に達しそうになるが、ここでキレては全てが水の泡だ。
おまけに皮スーツの感度が無駄に高いため、太ももを撫で回される感触が気持ち悪いほど鮮明に伝わってくる。
ゾワゾワとした悪寒と、妙な熱を帯びた感覚が混ざり合い、俺の脳を激しく混乱させた。
「もぉ〜、社長さんったらぁ。くすぐったいですぅ」
俺は必死に涙目で抗議する(フリをする)ことで、なんとかその手を躱すしかなかった。
長い長いスポンサー接待と午後の業務を終え、ついに決勝レースのチェッカーフラッグが振られた。
結果は、チーム・ファントムの圧倒的なぶっちぎり優勝。違法エンジンを使っているのだから当然だ。
(よし……仕事は終わった! あとはこのドサクサに紛れて、サーキットからトンズラするだけだ!)
歓喜に沸くピットの喧騒からこっそりと抜け出し、俺は非常口へと向かった。
胸の谷間に挟んだUSBメモリの感触を確かめる。
これさえ持ち帰れば俺の勝ちだ。鬼頭のガレージでの『特別指導』なんて、誰が行くものか。
「……どこへ行くつもりだ、レイカ?」
背後から、あの氷のような低い声が響いた。
ビクッと肩を震わせ、恐る恐る振り返る。
そこには、腕を組み、冷たい笑みを浮かべた鬼頭オーナーが立っていた。
「お、オーナー……! あの、お疲れ様ですぅ。私、少し体調が悪くて……今日はもう上がらせてもらおうかと……」
「ほう? それはいけないな。熱でもあるのか?」
鬼頭が一歩近づき、俺の額に大きな手を当てた。
その瞬間、男の厚い手のひらの感触と、彼から漂う上質なオーデコロンの香りが鼻腔をくすぐり、皮スーツが勝手に『キュン』という謎の反応を返す。
(ばっ、バカ! なに勝手にメス堕ちしそうになってんだ、このポンコツスーツ!!)
「……確かに少し熱いな。顔も赤い」
鬼頭は額から手を滑らせ、俺の頬を優しく撫でた。そのまま逃げ場を塞ぐように、壁にドンと手をつく。いわゆる壁ドンだ。
「約束通り、私の個人ガレージで『治療』と『指導』をしてあげよう。……さあ、おいで」
「ひ、ひぃっ……!」
蛇に睨まれた蛙のように、俺は完全に動けなくなってしまった。
男としての理性は逃げろと叫んでいるのに、女の身体が、圧倒的な捕食者の前で抗いがたい支配力に絡め取られていく。
(誰か……助けてくれぇっ……!!)
夕闇が迫るサーキットで、俺の運命は完全に鬼頭の手の中に落ちようとしていた。