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/tachiha/ - たちは板κ

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8d276e5d No.3696

65313df9 No.3698

「男性」でも「女性」でもない、ただの『ヒト』として生まれる。
そして18歳の誕生日に、どちらかの性別を選択し、生涯を生きる。
ジェンダーフリーという言葉が、文字通り生物学的な意味で達成された世界。
遺伝子の性染色体を司る領域だけを「調律」する技術が確立されてから、人類はみな、成人と同時に自らの性を決めるようになった。
骨格や顔立ちといったベースのDNAはそのままに、性別だけが後から上書きされる。
だからこそ、その選択には個人の美学や、生き方のすべてが投影された。
18歳になる直前、俺は「女」になることを選択した。
幸いにして、元々の遺伝子が引いた容姿のくじ運は悪くなかったらしい。
調律を経て女性となった私の身体は、自分で言うのもなんだが、周囲の目を引く華やかさを持っていた。
「——間もなく本番三分前です! スタジオの皆さん、配置をお願いします!」
ディレクターの鋭い声が、色とりどりの照明が交錯するスタジオに響く。
大学を卒業し、倍率数千倍の壁を突破してテレビ局に入社した私は、今、キー局のアナウンサーとしてカメラの前に立っている。
ガラスに映る自分を見る。
完璧にセットされた髪、上品なメイク、そして体に馴染んだタイトな衣装。
18歳までの「俺」を知る人間が見たら、一体どんな顔をするだろうか。
デスクに置かれた原稿に目を落とし、発声練習を兼ねて、新調されたばかりの「私の声」を小さく響かせた。

bd0cefa4 No.3702

「本日のニュースは以上です。それでは、また明日」
カメラの赤いランプが消え、スタジオの緊張がフッと緩む。
深夜に及ぶ生放送を終え、メイクを落として私服に着替えると、どっと押し寄せる疲労感とともに、ようやく「アナウンサーの私」から「一人の女」へと戻る感覚があった。
ヒールの音を響かせて夜の街を歩き、行きつけの24時間営業のスパへと向かう。24歳になった今の私にとって、仕事終わりのこの時間は、溜まった澱(おり)を洗い流すための大切な儀式だった。
自動ドアをくぐり、受付を済ませて女湯ののれんを割る。
広々とした更衣室には、深夜にもかかわらず数人の先客がいた。
誰もが当たり前のように服を脱ぎ、裸になって歩いている。そして、誰も私を奇異の目で見ることはない。
18歳までの「俺」がもしこの場に迷い込んでいたら、気まずさと興奮でまともに目も開けられなかっただろう。
けれど、性別を選択することが当たり前になったこの世界では、更衣室はただの「同性の空間」でしかない。
誰もが自分の身体に、そして他人の身体に、過剰な自意識を持っていなかった。
もちろん、私も彼女たちをジロジロと見るような不躾な真似はしない。それはこの世界における最低限のマナーだ。
ただ——。
(あ。あの人の胸の大きさ、すごいな。ちょっと負けたかも)
ロッカーの前で髪を解きながら、視界の端に入った同世代らしき女性のプロポーションに、心の中で小さくため息をつく。
その一方で、姿見に映る自分のプロポーションをチェックし、
(でも、全体のバランスと形の綺麗さなら、私の勝ちかな)
なんて、密かに自己評価を下してみたりする。
18歳で調律を終えてから数年。
他人の身体を見る視点は、かつての「異性としての好奇の目」から、完全に「同性としての比較と羨望」へと変わっていた。
男だった頃の感覚はもう、遠い前世の記憶のように霞んでいる。
タオルを一枚手に持ち、私はお気に入りの炭酸泉を目指して、浴室の重い扉を押し開けた。

21a4c82e No.3710

湯気で白く煙る浴室に一歩足を踏み入れると、心地よい熱気と、ほのかな檜の香りが全身を包み込んだ。
洗い場や浴槽を見渡せば、さまざまな年代の女性たちが、それぞれ思い思いの時間を過ごしている。
生まれた瞬間からずっと女性の身体である「先天的」な女性もいれば、私のように18歳で選択し、途中から女性になった「後天的」な女性も、この中には確実に混ざっているはずだった。
けれど、それを見分ける術はどこにもない。
遺伝子の性染色体だけをいじるこの世界の技術は、あまりにも完璧だった。
肌のきめ細かさ、柔らかな曲線の描き方、歩くときの自然な骨盤の動き。すべてが、他のDNAが持つその人本来のポテンシャルに従って発現する。
だから、どれだけ目を凝らしたところで、外見だけで「元・男」かどうかなんて判別できるわけがなかった。
(あのシャンプーをしている綺麗な人も、もしかしたら18歳までは『俺』と同じだったのかもな……)
そんなことをぼんやりと考えながら、体をシャワーで流す。
男から女へ、女から男へ。
あるいは、そのままの性別を維持することを選んだ人。
誰もが自分で納得してその身体を手に入れ、何食わぬ顔で日常を生きている。
かつて世界を騒がせたジェンダーにまつわる歪な摩擦は、この静かな湯気の中に、完全に溶けて消えてしまったかのようだった。
「ふぅ……」
お目当ての炭酸泉に肩まで浸かると、細かい泡が肌にまとわりつき、一日の緊張がゆっくりと解きほぐされていく。
見分けがつかないからこそ、余計な勘繰りもしない。ただ目の前にある「女性だけの空間」に身を委ね、心地よいぬる湯を堪能する。
そんな、誰もが平等を享受する優しい世界の中で、私は足を少し伸ばし、お湯に浮かぶ自分の肌を眺めていた。

e865fc49 No.3800

炭酸泉の心地よい刺激に身を委ねていると、ふっと視線を感じた。
少し離れた寝湯のあたりから、二人組の若い女性がこちらを見ている。
一人は驚いたように目を見張り、もう一人は「やっぱりそうだよ」とでも言うように相槌を打っていた。
(あ、気づかれてるな……)
アナウンサーという職業柄、街中やこうした公の場で顔を差されることには慣れている。
ましてやここはスパだ。メイクを落としているとはいえ、毎日大画面の4Kカメラに晒されている顔と、自分で言うのも何だが磨き上げられたこのスタイルは、嫌でも目立つ。
テレビで見かける「あの女子アナ」が全裸で目の前にいれば、そりゃあ見てしまうのも無理はない。
私はあえて気づかない振りを決め込み、静かに目を閉じて、お湯をパシャリと体にかけた。
サインを求められる場所でもないし、ここでは誰もがただの「一人の客」だ。
湯気に乗って、彼女たちのひそひそ話がかすかに届く。
「……ねえ、やっぱりそうだよね? 夜のニュースの」
「間違いない。実物、めちゃくちゃスタイルいい……顔ちっちゃ」
「いいなぁ、あの遺伝子。ところでさ、あの人って『どっち』だと思う?」
始まった、と思った。
それは、この世界で美男美女を見かけたときに、人々が必ずと言っていいほど口にする、定番の「答え合わせ」だった。
「うーん、元から女子高育ちっぽいお嬢様感あるけど……でも、あの無駄のない引き締まった骨格は、18歳まで男だったって言われても納得かも」
「確かに。でも、もし途中から女になったんだとしたら、大成功の部類だよね。羨ましい」
もともと女だったのか、それとも男だったのか。
彼女たちは悪意を孕んでいるわけではなく、純粋な好奇心と羨望を込めて、そんな噂話に花を咲かせている。
かつて、性別移行がまだ医療や社会の壁に阻まれていた時代なら、こうした会話はデリケートで、時に傷を伴うものだったのかもしれない。けれど、全員が18歳で選択の自由を与えられた現代において、それは「文系か理系か」「どこの大学出身か」を予想するのと変わらない、他愛のない世間話のトピックに過ぎなかった。
だから、私も全く気にしない。
元が男だろうが女だろうが、今、私はこの身体で生きていて、実力でアナウンサーの椅子を勝ち取った。過去の性別なんて、私の価値を何一つ左右しないのだ。
「ふぅ……」
ひとしきり温まったところで、私は何食わぬ顔で炭酸泉から立ち上がった。
湯水を弾く滑らかな肌と、我ながら完璧なプロポーションをあえて堂々と見せつけるようにして、サウナへと向かう。
背中に注がれる視線と、「やっぱり綺麗……」という小さな呟きを、心地よいBGM代わりに聞き流しながら。

5d84a347 No.3802

File: 1782535245492.png (1.74 MB, 768x1280, 9hsjek.png)


6bb875c4 No.3819

サウナの重い扉を開けると、一気に熱い空気が押し寄せてきた。
ひな壇のようになったベンチには、数人の女性たちがじっと汗を流している。
私は空いている上段のスペースへと腰掛け、タオルで顔を覆いながら、それとなく周囲の女性たちに視線を走らせた。
そこは、言葉を選ばなければ、ある種の「戦場」だった。
(あの子、顔は芸能人みたいに若くて可愛いのに、胸が少し寂しいな。調律のときに、もう少し脂肪の付き方を変えられなかったのかな)
(あっちの人は、すごく豊かな胸をしていて羨ましいけど……うーん、顔立ちがちょっといまいちかも。ベースのDNAがそっち寄りだったのかな)
そんな風に、心の中で勝手な採点をしていく。
もちろん、口に出したら最悪の人間だし、誰もが自由に生きている世界だ。
けれど、熾烈な女子アナの世界で生き残り、毎日カメラの前で「見られること」を仕事にしている身としては、自分の美を肯定するための比較が、なかば癖のようになっていた。
(うん。やっぱり、私の勝ちだな)
鏡で何度も確かめた、自分のしなやかな四肢、適度な丸みを帯びたバスト、そして全体を引き締めるクビレのライン。
顔立ちも含めたトータルバランスにおいて、今のところこのサウナ室の中で私が一番「完成度」が高い。
男から女になったことへの後悔なんて、1ミリもない。
むしろ、この最高に美しい身体を自分で選び取り、維持し続けていることに、内なる優越感と小さな歓喜が込み上げてくる。
たっぷり汗をかいた後、水風呂で身体を締め、スパを後にした。
夜風を浴びながら自宅のマンションへと帰り、シャワーでさっと汗を流す。
クローゼットから取り出したのは、新調したばかりの、白いシルクのネグリジェ。
胸元に繊細なレースがあしらわれた、とびきり可愛いデザインだ。
鏡の前でそれを身にまとい、ふわりと広がる裾を眺める。
18歳までの「俺」が見たら腰を抜かすような姿だが、今の私にはこれが一番しっくりくる。
「よし、明日も早いし……寝よう」
電気を消し、冷んやりとしたシーツが心地よい布団の中へと滑り込む。
柔らかいネグリジェの感触に包まれながら、私はゆっくりと目を閉じた。
明日の朝のニュースでも、きっと私は、誰よりも美しく画面に映るはずだ。



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